2017年10月6日号 Vol.311

「いま世界と日本が直面するリスクとは?」(2)
市民の反乱が生んだものとは
国際ジャーナリスト 内田 忠男



(前号からのつづき)

チキンゲームを
展開する米朝


核兵器の拡散防止については、もう長年に渡ってグローバルな課題とされてきた。ところが、日本のすぐ隣、北朝鮮が得意顔で核実験を繰返し、その運搬手段となる弾道ミサイルの実験を重ねている。ミサイル発射実験は、今年だけで14回。しかも、その性能は、実験の都度、高度化している。
私がNYに来る直前の8月29日。その日は九州の佐賀で講演の仕事があり、出掛ける準備していたところ、テレビがJアラート発令を伝え始めた、早朝6時2分のことだった(Jアラートとは、通信衛星と市町村の防災行政無線や有線放送などを利用し、緊急情報を伝達するシステム)。
何事かと目を凝らすと、北朝鮮がミサイルを撃った、北海道と東北、北関東、それに新潟、長野の人々は緊急に頑丈な建物か地下に避難しなさい…と言う。程なく、ミサイルは北海道上空を通過し、襟裳岬の東1180キロの太平洋上に落下した…との情報が流れてホッとしたのだが、まさに脅威は現実のものとなっている。
アメリカのメディアによれば、北朝鮮は核爆弾の小型化にも成功し、既に60発は保有しているという。日本全土を射程範囲とする中距離弾道ミサイルは既に実戦配備されている。度重なる国連安全保障理事会の非難・制裁決議など気にもかけない(これには、常任理事国であるロシアと中国が本気で制裁に加わっていないという裏事情もあるが…)。キム王朝とも言われる世襲の3代目だが、異母兄を殺して平然としていられる キム・ジョンウンという指導者の実像が全く読めない。人事とカネ、政策を思うままに操り、逆らう部下は平気で粛清する。その行動は正に奔放。それだけに何を本気で考えているかが読めない。となると、どんな気まぐれで核のボタンを押してしまうのか?
一番の気がかりは、北朝鮮が作った核爆弾を売り渡しはしないだろうかという点。その相手が、世界史に前例のない残虐性を宿す国際テロリスト・グループだとすれば、背筋が寒くなるではすまない。北朝鮮は、様々な経済制裁にもこたえていない顔をしているが、いざ困窮したとなれば、核爆弾を売り渡すなど朝飯前…。
過去には、極めて精巧な100ドル紙幣を偽造して外交官に世界中でばらまかせ、覚醒剤や麻薬を密造して、これも外交官に売りさばきを命じた。こうした犯罪行為を、国家の事業として行うことに何の躊躇も感じない国なのだ。
そんな北朝鮮を巡って、戦争が起きるかどうかが喫緊の関心事になって来た。 いま在韓米軍は約2万8500人。陸軍2万、空軍8千が主力で、海軍は300、海兵隊は大使館など公館警備の100、それに特殊作戦軍が100人ほどという陣容で、家族も含めると10万人超のアメリカ人が韓国にいるとされる。仮にアメリカが北朝鮮に向けて軍事攻撃するとなれば、その反撃も当然覚悟せねばならず、自国民やその家族を半島に残したままという訳には行かない。アメリカへ帰国させるなり、日本に退避させるなりする必要があるだろう。極秘裏であれ、 そうした指示が出たかどうかが、アメリカの「本気度」を測る尺度になると読むことができる。
米軍というのは実戦の前に常に周到な準備をする。 作戦計画を意味する「Operation Plan」を縮めた「OPLAN」を全ての米軍が持っており、5000台の番号を振られているのが、日本や東アジアを管轄する太平洋軍の作戦計画だ。その中で5026〜5030までが対北朝鮮作戦とされ、多くは、北が南を攻撃した際の対応策だったが、最近これに北朝鮮に対する先制攻撃プラン・5015が加わった。無論、詳細は明らかではないが、第一撃は、航空機や艦船からの巡航ミサイル攻撃、さらにキム・ジョンウン委員長の寝首を掻こうという斬首作戦も検討され、これにはアルカーイダのウサマ・ビンラディンを葬った際と同様、海軍特殊部隊シールズ(Navy SEALs)を使うという。軍事作戦となれば、間違いなく日本が重要な発進・兵站基地となる。
ただ、いずれの場合も、朝鮮半島近海で海と空の分厚い支援網が展開されると予想され、海軍で言うならば、最低限、2個の空母打撃群は配置されるはずだ。それら抜きで本格的な軍事作戦が行われる可能性は極めて低い。トランプ大統領とキムジョンウン委員長は、程度が低いとしか言いようのない チキンゲームを繰返しているが、大統領一人の意志で戦争が出来ないアメリカのシステムなどを勘案すれば、アメリカが軍事攻撃に出る可能性は極めて低いと考える。

緊迫度を増す
サイバー攻撃


もう一つのリスクは、サイバー空間での攻撃という問題だ。
インターネットは、いまや世界の隅々まで普及し、日常生活に欠かせないものになっているが、これを悪用した犯罪が急速に増加している。無論、個人をターゲットにした詐欺も少なくなく、迷惑されている方もおられると思うが、企業や国家を巻き込むものが増えている…増えているどころか、かつてのスパイ戦争以上に緊迫度を増している。中国人民解放軍の最新の戦闘機や爆撃機の写真を見た方もおられるだろう。形状だけでも、アメリカのF35 や B2にあまりにも似ていることに気づかれたはずだが、アメリカが苦心して開発したステルス性能が、殆どソックリ盗用されているのだ。
アメリカもサイバー戦にはそれなりに力を入れているが、中国から盗む有益な技術はない。せいぜい戦略・戦術面での情報を得ている程度であろう。

分断する国
市民の怒り、反乱


こうしたおどろおどろしいリスクとは別に、現在、世界には、政治と民衆の間にスキマが生じ、統治する側とされる側が鋭く対立して、国が分断状態になっているケースが増えている。これも重大なリスクの一つにあげる必要があろう。
昨年6月、イギリスの国民投票で、欧州統合の印である欧州連合EUからの離脱が決定した。
同じく昨年11月、アメリカ大統領選挙では、派手好みの不動産開発業者で、下品・粗野・悪趣味を絵に描いたような、無教養で情緒不安定者としか思えない人物が、大方の予想を裏切って大統領に選ばれた。
今年5月、フランス大統領選挙では、1958年に始まった第五共和制で、常に政権を担ってきた社会党と共和党の2大政党が、決選投票に進めなかった。挙げ句、議員の経験もない39歳のエマニュエル・マクロン、史上最年少の独立系候補が当選した。
これら3国は、いずれもG7メンバーの主要国。共通点は、既成権力、政治家であれ、政党であれ、高級官僚であれ、マスメディアであれ、これまで国を主導してきた勢力が、民衆の反乱の前に敗れた、ということだ。
日本でも、昨年7月末の東京都知事選挙で、自民党籍がありながら、党に反旗を翻した形の小池百合子さん(無所属新人)が当選。今年7月に行われた東京都議会議員選挙では、小池さん率いる地域政党が圧勝。
これらを合わせて、大衆迎合主義を意味するポピュリズム(Populism)、劇場型民主主義の勝利、という人がいるが、それは大きな間違い。これも既成権力への反乱であった。
そもそも、民主主義とは、最大多数の最大幸福を追求するもので、大衆が支持しない民主主義などあり得ない。シカメ面をしてポピュリズムを語る者は、その大衆をハナからバカにしているのだ。劇場型民主主義という言葉も、一人の政治家、その政党が有権者の人気を集め、歓呼の声を浴びる現象を皮肉まじりに揶揄するネガティブな物言いだが、大衆の心をつかんだ劇場型のどこが悪いのだ? こういった言辞をシタリ顔で弄ぶ評論家や学者こそ、顔を洗って、もう一遍出直した方が良い。
では何故、庶民の反乱が起きたのか?
私は、この四半世紀以上にわたって進行してきたグローバル化に対する反発が、これまでになく強まっているのだと読んでいる。
現在進行中のグローバル化は、冷戦終結を引き金に始まった。ベルリンの壁崩壊に象徴される1989年、ソ連の家来に甘んじていた東欧諸国で、社会主義離れのドミノ現象が起きた。社会主義の下では統制色の強い 計画経済が行われていたが、社会主義統治を放棄した諸国は雪崩を打って西側への参加を求め、資本主義経済の基本である市場原理の採用に走った。中国までが、1992年、当時事実上の最高指導者とされた搶ャ平が、社会主義市場経済の採用を宣言、改革開放政策を本格化させた。
それと殆ど時を同じくして、インターネットが民生に公開され、アッという間に世界中に普及。そして、これがグローバル化推進のツールとなった。
つまり、市場原理とインターネット、この2つがグローバル・スタンダード(地球標準)となり、両輪となって一気にグローバル化を加速させた、という訳だ。
市場原理とは、「全ての経済取引は市場が決める」という原理。公正で開かれた自由競争が基本で、その競争を阻害する構造や規制、慣行などは厳しく排除される。
国境という概念のないインターネットが、あらゆる分野に広がる中、経済活動も広域化・国際化し、ヒト、モノ、カネ、サービス、情報などがフルスピードで動く。正に地球規模の感覚と認識なしには経済活動が成立しない時代となった。
そうした中で、知識のギャップ、技術のギャップ、情報のギャップが埋められていく。一方で、グローバル化のネガティブな側面も表面化した。市場原理は競争原理と同じことで、競争は常に勝者と敗者を生む「ゼロ・サム・ゲーム(zero-some game)」だ。勝者は利益を得るが、敗者は何も得られない、得られないどころか損をする。これは全ての競争に共通することだが、勝者と敗者を数で比べると、勝者はひと握りであり、敗者の数は圧倒的に多い。利益はごく少数の元に偏り、大多数は、それに与(あずか)れないことになる。当然の帰結として、所得格差、冨の格差が広がっていく。
2011年9月17日、世界中を金融恐慌に引き摺り込んだリーマン・ショックからほぼ3年後、ニューヨークで 「ウオール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」という抗議行動が発生。中心となったのは20代の若者たちだった。当時のアメリカは、大学を卒業しても4割は職に就けない氷河期だったのだが、政府は何の対策も講じてくれない。「自分たちで起ち上がるしかない!」とSNSで呼びかけたところ、1000人を超す若者が集結。デモ行進や座り込みの後、ウオール街近くの公園にテントを張り泊まり込んだ。「We are the 99%」が、彼らのスローガンだった。
連邦議会予算局のデータによれば、2007年時点で、最も裕福な1%がアメリカの全資産の34・6%を所有し、次の19%が50・5%を所有。つまり上位20%の金持ちがアメリカ全資産の85%以上を占有しており、残り80%のアメリカ市民は15%にも満たない資産を分け合っているに過ぎない。 「We are the 99%」というスローガンは、あながち誇張ではない実態を浮き彫りにしていた。
こうした状況について、大手マスメディアは興味本位の取上げ方はしたが、抗議の本質に迫る伝え方はしなかった。
「自分たちは、今のアメリカで、疎外され、侮辱されているだけの存在ではないか」
大多数の市民たちの心に、こうした欲求不満が芽生え、それが既成権力に対する反発となり、さらに強い怒りと憎しみへと昇華して行く。それはグローバル化を推進した権力者と、グローバリズムそのものへの不満と反発、怒りと憎しみでもあった。
既成権力を、アメリカではしばしば首都ワシントンの代名詞とし、 「Establishment」という言い方をする。それは既成の政党と、その幹部、つまり有力政治家を筆頭格に、高級官僚から主流のマスメディアまで広く包含する。この階級こそが、過去四半世紀余りに亘ってグローバル化を先導し推進してきた。それは間違いではない。そうした 「Establishment=Washington D.C.」への不満・反発・怒り・憎しみが充満していたところに、16年の大統領選挙がやってきた。
政権野党の共和党から名乗りを上げた ドナルド・トランプは、初めからカリフォルニアやニューヨークなど、大票田ではあるが民主党が強すぎて勝負にならない所には目もくれなかった。標的にしたのは、「ラストベルト(Rust Belt)」と呼ばれる、かつては 重厚長大産業が立地し、アメリカ市民の中核とされた白人労働者を数多く受入れていたにも関わらず、グローバル化の進展で工場が中国など低い労賃の国に流出した地域、あるいは地球温暖化対策の呼び声で炭坑などが規模縮小・閉鎖に追い込まれ、錆び付いてしまった地域に絞り込んだ。実はこれこそが最近解任されたスティーブン・バノンのアイデアだ。
グローバル化の中で結んだ自由貿易協定や経済連携協定、地球温暖化対策のパリ協定などからは即座に脱退し、工場や炭坑を再開する。失業した白人労働者を仕事の場に呼び戻す。そのためには「ワシントン」を根こそぎ変えなければならない。
こうした主張を、トランプ特有の汚いけれど判り易い言い回し、独特のレトリック(rhetoric)とパフォーマンスで展開。それを面白がった一部マスメディアが連日取り上げたことで、トランプの露出は拡大。大手メディアは、「こんな男が大統領に選ばれるはずがない」という潜在観念見え見えの扱いしかせず、そうした姿勢が共感よりも反感を呼び覚ますことにも繋がった。
現在、トランプが「フェイク・メディア」と、あからさまに嫌悪するのは、選挙戦中、トランプを非難し、バカにしたような報道をしていたメディアだ。(次号へ続く)

17年9月6日に行われた講演会原稿より(編集部)


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